「投資嫌い」では済まされない…資産形成「後進国」日本の惨状税理士の三反田純一郎氏は、2025年の大廃業問題の本質は「会社の資産形成不足」にあると指摘します。しかし多くの中小企業経営者は、資産形成不足に対する危機感や現状認識が欠けているというのが現状です。なぜ、こ
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税理士の三反田純一郎氏は、2025年の大廃業問題の本質は「会社の資産形成不足」にあると指摘します。
しかし多くの中小企業経営者は、資産形成不足に対する危機感や現状認識が欠けているというのが現状です。
なぜ、これほどまでに資産形成に踏み切れない経営者が多いのか? いったい何が、資産形成に着手する動機付けを阻んでいるのか? 筆者が立てた仮説のうち、今回は「日本人に個人レベルで染み付いた投資に対する強い固定観念やこの20年のなだらかな経済環境が、動機付けする機会を奪ったのではないか?」という説に着目し、考えていきましょう。
GDP「世界第3位」だが「国際的にも際立つ低生産性」…日本経済の「極めて異質」な特徴日本人の資産形成が進まないワケ■「日本人は投資嫌いだから」で片づけてはいけない
日本人には失われた20年を経た現在、個人レベルにまで染み付いた世界の常識とはかけ離れた考え方と断定せざるを得ないものがいくつかあります。
その最たるものが「投資はギャンブル」や「貯蓄こそ日本人の美徳」といった投資や資産形成に対する誤った固定観念です。
このような誤った固定観念から、日本では家庭や学校で投資や資産形成について学ぶことはいまだに行われていません。
一方、世界ではすでに投資や資産形成についての正しい知識を習得することを自国にとっての重要なテーマであると位置付けて、政府と民間が力を合わせながら学校のカリキュラムとして、幼少期から金融教育を受けることが常識となりつつあります。
日本と世界の教育における取組みの成果の差は残念ながら目に見える形で出始めているのです。
そして、「日本人は投資が嫌い」という国民性を理由に当てはめてそれ以上の議論をしないでおこうとする姿勢は、現状や将来から目を背けて、動機付けを避けているようにしか見えません。
国民性を理由にしてしまうと、現状を分析して目標設定するという価値向上のマインドセットが全く機能しません。
しかし、本当に日本人が資産形成できないのは、単にただ投資が嫌いなだけなのでしょうか? 私はそうではないと考えています。
それを確かめるために日本人の資産形成の特徴を見てみます。
■日本人が「保険にだけは投資している」という謎
家計資産の国際比較で見ると他の諸外国と比べて日本には以下の特徴があります(図表1)。
①預金の比率が異常に高い。
②株式・投資信託の比率がとても低い。
③保険の比率が高い。
[図表1]家計資産の国際比較 (出所)「資金循環の日米欧比較」日本銀行調査統計局 2020年より
日本人の家計は預金が多いことと株式・投資信託が少ないことが特徴であることは有名です。
注目すべきは保険の比率が約30%と、保険にだけは投資していることです。
実際、保険加入率の国際比較のデータでは日本は90%を超えていて、世界でもトップクラスの保険好きと言えます。
なぜ日本人は保険が好きなのでしょうか?
■「世界でもトップクラスの保険好き」は金融リテラシーが欠如している証拠保険が好きな理由の一つに、日本人の「一億総中流階級」という意識があるのは間違いありません。
そもそも生命保険は、中間所得層向けの金融商品と言えます(富裕層はお金を持っているため保険を必要としません)。
逆に低所得者層は、保険料を負担する経済的余裕がないので、保険に入れません。
かつて日本に多かった中間所得層が唯一保険の引き受け手になるのです。
保険に入った方の中には、周りの人たちが次々と保険に入る様子を見ながら、一人前の大人に見られるために何となく自分も保険に入らなければ、と考えて保険に加入した経験のある方も多いと思います。
そこには何のために保険に入るのか、保険がそもそも必要なのかという根本的な発想が抜け落ちています。
日本人が保険が好きな理由の二つ目は、自身に金融リテラシーがなく、資産形成に受け身になっているため、多すぎる保険会社の数とその販売員の数を維持するための顧客無視、自己都合な「保険は入るもの」という販売戦略の餌食になっていることです。
そもそも保険には次の二つの機能があります。
●保障機能…保険本来の機能です。
死亡など万が一のことが起きたときに保険金を支払います。
●資産運用機能…保険料をマーケットで運用し、配当金や保険金として支払います。
生命保険会社は機関投資家としての側面をもっています。
確かに保険の保障機能は重要です。
私のクライアントでも毎年どなたかが亡くなられて死亡保障を受け取られるのを見ると、つくづく保険の保障機能の重要性を再認識します。
問題は、資産運用機能のほうです。
貯蓄性保険という資産運用と保障をあわせもった商品に投資している人も多いのですが、日本で販売されている貯蓄性保険の資産運用面のパフォーマンスは海外の商品と比べても歴然と見劣りします。
また、貯蓄性保険は資産運用としては原則元本保証の円建て資産なので、貯蓄性保険と預金に投資が集中している場合は為替リスクやインフレリスクが大きいことを理解すべきです。
いずれにしても日本人は必要以上の生命保険に入りすぎています。
保険もれっきとした投資の一つです。
よって不要な保険に入るということは、それだけ他の資産形成を圧迫しているのです。
諸外国ではすでに「保険はそもそも必要なのか?」という発想が潮流となっています。
日本には残念ながら必要がなければ保険はできるだけ入らないという当たり前の発想すら出てきていません。
主だった資産である①株式・投資信託・債券、②保険、③不動産のうち保険に対しては投資しすぎといえるほど投資していたのです。
保険にはせっせと投資する経営者の姿からは、資産形成ができなかった原因を、日本人は投資が嫌いという国民性を理由だけに求めることに合理性がない、私はそう思っています。
■「資産形成が進む諸外国、進まない日本」の決定的差
もっと言えば、日本人が嫌いなのは投資そのものではなくて投資について正面から向き合うことではないでしょうか。
日本人は、投資について正面から向き合うことを避け、資産形成の動機付けができなかったため、当然あるべき資産形成のフレームワークを学ぶことができませんでした。
そしてフレームワークを学べなかったことから、リスクとリターンのバランスを考えるポートフォリオの理解や知識に欠けていたため目標設定をするスキルも身に付きませんでした。
その結果、深く考えずに元本保証のある預金と保険にのみ投資するという資産形成をいきなり実践してしまったのです。
資産には、図表2のように資産ごとのリスクとリターンがあり、それぞれ表裏の関係性があります。
[図表2]リスクとリターンの関係預金、株、投信、債券 出所:三反田純一郎著『会社の資産形成 成功の法則』(中央経済社)より
預金と保険に集中させるということが、いかにリスクとリターンのバランスを考えていないかということはポートフォリオの発想が理解できる人にとっては一目瞭然です。
そして、その状態のまま見直すこともなく、30年間にわたって放置してしまった場合、リスクも取らなかった代わりにリターンもほとんど享受することができないことも明らかです。
ほとんど日本人の資産は増えることがないのです。
またこのことは経営者がそうであったために、中小企業の資産形成においても同じことが起こりました。
ここで、ここまでで見えてきた日本の資産形成における課題をまとめます。
●固定観念を振りかざし、お金を働かせるという発想がない。
●固定観念を盾にして、投資に正面から向き合わず学ぼうとしない。
●金融リテラシーを学んでいないため怖くて正しいリスクすら取れない。
20年間の「家計金融資産の推移」…日米でこれほどの差■「日本人の資産」は約1.5倍増だが、「アメリカ人の資産」は3倍以上
日本が動機付けすらできずに停滞していた間に、資産形成に正面から向き合った海外との差は驚くほどに開いてしまいました。
投資による資産形成の成果に目を向けると、この20年でアメリカ人は家計における金融資産を3倍以上にしたのに対して、日本人は約1.5倍となっていて、思ったように増やせずに低迷しています。
アメリカだけが特別なのでしょうか?
そうではありません。
イギリスも2倍以上となっていることから、日本だけが増やせていないことがわかります(図表3)。
[図表3]金融資産増加の国際比較 (出所)金融庁レポート
ここまでの差が広がったのは、アメリカ人が資産形成において何か特別なことをしていたからでしょうか?
確かに日本と違い、海外の人々は家庭や学校で金融リテラシーを身に付けて、リスクとリターンのバランスをとる必要性を理解していたようです。
実際、アメリカ人やイギリス人は世界経済の成長に資産を委ねる発想で投信信託をメインにお金を働かせた結果、図表3のような成果を出せたのです。
彼らは以下の投資の本質を理解していたということです。
リスクとリターンのバランスについて…投資信託で広く世界経済に投資している。
お金を働かせるについて…元金でなくリターンで増やせている。
海外の人々がリターンの重要性にも気づいていたことは図表4でもわかります。
お金を働かせるという発想で、リスクを取った投資をしているかどうか、が日本と海外の大きな差を生んだのです。
[図表4]海外はストック収入(リターン)で増やせている (出所)金融庁レポート
しかも彼らは単純にお金を殖やすことばかりを考えているわけではなさそうです。
というのも海外ではさらにもう一歩進んで、リスクを徹底的に抑えて安全に殖やすことを目的とした「ドルコスト平均法による積立投資」という投資手法が広く普及しており、資産形成を安全かつ、確実に行うというステージに歩みを進めています。
適温経済環境が奪った変わる機会
それでは経営者はなぜ変われなかったのでしょうか? 日本の国民全員まで変われないとしても、経営者くらいは失われた20年の中で変わるきっかけはなかったのでしょうか?
その答えのヒントは日本の近年の経済環境にあります。
リーマンショック(2008年頃)の影響は小さくなかったものの、リーマンショック以降の安倍政権によるアベノミクスの政策効果により、景気動向指数から見たいわゆる景気の山は2018年10月までは続いていたということが2020年夏頃発表され話題になりました。
つまり日本は2010年代は景気は良かったということなのです。
また、長らくデフレ経済に苦しんできた日本経済は、2013年より日本銀行が「物価安定の目標」というインフレ目標政策に舵を切ることになり、目標の2%には到達していないもののデフレ基調には一定の歯止めがかかっています。
この適温経済環境が続いた結果、本来はもっと早く変わらないといけなかった中小企業の経営者の資産形成に対する考え方が、変わる動機付けをされないまま、残念ながら現在に至ったと考えられます。
その結果、勉強熱心な経営者ですら、あるべき価値向上のマインドセットができていなかったため、動機付けや現状分析に及びませんでした。
こうして日本は世界でも有数の金融資産を持つ優位性を活かすこともないまま、資産形成の後進国と成り下がったのです。
三反田 純一郎
税理士
宅地建物取引士
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